特別対談

「シラス」というユニークな素材に着目し、これまでだれもやったことがない100%自然素材にこだわった左官材を世に送り出してきた高千穂シラス(本社:宮崎県都城市)。同社が1999年に発売した内装用塗材『薩摩中霧島壁』は今年で20年、外装用塗材『そとん壁』は19年を迎える。当時はまったく未知の建材だったシラス壁の開発に信念をもって挑んできた同社代表・新留昌泰さんと、商品化に協力し発売後も「定番」として使い続ける建築家・伊礼智さんに、シラス壁の20年を語っていただいた。

きっかけは奥村昭雄さん

シラス壁「薩摩中霧島壁」が世に出て20年。ここまでロングセラーになると予想していましたか?

新留

7割方うまくいかないだろうと思いながら、それでもあきらめることなく苦労を重ねて送り出した左官材が、この20年間で延べ1万1000社に使っていただき、東京ドーム150個ぶんも塗られたという事実にびっくりしています。

そもそもなぜシラス壁をつくったかというと、私が1974年に始めた工務店(現:高千穂)のモデルハウスの建設がきっかけなんです。

その設計を建築家の奥村昭雄さんにお願いしたら、当時(1995年頃)まだ建材としては未完成だった珪藻土を外にも中にも使うことになって。
結果、サビは出るは、ボロボロ落ちるはで大変でね。こんなことなら、私の故郷の九州に「シラス」という白い砂状の素材があるから、それでもっといい左官材がつくれるんじゃないか? そんな発想で開発を始めたんです。思えば、そのきっかけを奥村昭雄さんがくれたんですね。


「100%自然素材」じゃないと

新留

つくるなら「100%自然素材」じゃないと意味がないと思ったので、そこは頑として譲りませんでした。

でも当時そんな建材はありませんでしたから、社内外の風当たりはかなりのものでした。「薩摩中霧島」という名前もね、「“さつまなかぎりしま”なんて舌がもつれて言えない」って(笑)

でも、左官の歴史はその土地の歴史。中霧島でとれたシラスを使った壁材だからこれでいいんだ、って押し通したんです。

伊礼

僕が36歳で独立して、その翌年くらいに新留社長に開発を手伝ってほしいと声をかけていただいたので、シラス壁との付き合いはもう23年になります。

珪藻土なんかもそうですけど、たいていの左官材はつなぎに樹脂を混ぜるのに、新留社長は住む人の健康と環境を考えて「100%自然素材」というポリシーを絶対に曲げなかった。

発売までに3年かかったのも、100%自然素材、しかもシラス本来の色や質感を生かすために高温焼成せず、天日乾燥にこだわったから。

それを間近で見てきたので、僕にとっても思い入れの深い材料です。


割れない、剥がれない

20年間使い続けるなかで、ほかの左官材にはない、シラス壁の特性が見えてきたと思います。

伊礼

まず、クラックが入りません。左官材の多くは斜め方向に「収縮亀裂」が入るのに、シラス壁では見ません。もしヒビが入ったら、よっぽど下地が悪い。そのくらいクラックとは無縁の材料だと思います。

東日本大震災で震度6強を観測した茨城県ひたちなか市の物件でも、シラス壁は内外装ともほぼ無傷でしたから。唯一、壁の大きな絵が外れた衝撃でPBの紙ごと剥がれた箇所はありましたが、揺れによるクラックは見当たりませんでした。

新留

思うに、シラス壁が硬化する際に、不定形な分子同士が縦・横・斜めに強固に噛み合うのと、「針状結晶」といってボードに繊維状に張り付くので、乾いたときにボロボロと剥がれ落ちることがないのでしょう。だから、プライマーやシーラーも要りません。

「割れ・剥がれ・汚れに強い」
「消臭・分解・調湿する」

「質感がよくて、心身を癒す」
シラス壁の特徴が詰まった葉山の家


 

設計:奥村昭雄 竣工:2001年

シラス壁の機能性・質感を体感宿泊できるモデルハウスとして8年間使ったのち、新留社長の自邸に。これだけの大面積でも内外ともクラックが1つもなく。外壁は18年間塗り替えをしておらず、雨染みや青藻、汚れがない。シラス壁のほか、OMソーラー、ビオトープなど、新留社長が考えるパッシブで心地いい住まいが完成されている。

 


塗り替え不要できれいなまま

左官の外壁は汚れが目立つイメージがありますが、この家は藻や染みが見当たりません。

新留

建ててから18年間1回もいじっていないと話すと「なんでこんなにキレイなままなの?」とみなさんびっくりされます。さらに実験として、あえて樹液が多い木の下にシラス壁の試験体を置いて18年間観察を続けていますが、青藻も汚れもまったく出ません。

ただし、どの条件でもまったく汚れないわけではなく、庇や軒がなく、雨がかりする場所は青藻が付くこともあります。

伊礼

そう、時々あるんです。それ以外の条件下では、僕の知る限り藻や染みはまず付きません。白いシラス壁に酸化チタンを吹いた「京都サロン」(松彦建設工業、2015)の外壁は、4年経ったいまもキレイなままです。

新留

うれしいですね。酸化チタンの可能性には私たちもずっと注目していて、すでに研究を終え、耐候性・耐汚染性をはかる暴露試験に入っています。

いずれ「シラス壁×酸化チタン」の新商品を発表できると思いますよ。


アンモニア臭もタバコ臭も

消臭や調湿といったシラス壁特有の機能性もよく知られるようになりました。

新留

じつは機能性に関しては、お客様に気づかせてもらったんです。あるとき大阪のお客様から電話がかかってきて「工務店にすすめられて『薩摩中霧島壁』を塗ったら、ヒノキのにおいがしなくなっちゃったよ」と。最初は冗談だと思っていたのですが、そういう声をあまりにも聞くので、発売後1年経った頃に研究機関でデータ取り始め、消臭・調湿機能があることがわかりました。

伊礼

地元では畜舎のにおい消しのためにシラスをまいていたそうなので、昔の人はその消臭機能に気づいていたんでしょうね。
シラス壁のおかげでトイレの換気扇を回さなくなったとか、ご夫婦ともヘビースモーカーなのにいつ行ってもタバコのにおいがしなくなったとか、シラス壁にまつわる面白い話はいっぱいあります。

新留

ほかにも、船乗りの人が初めて陸で安眠できたとか、アトピーやぜん息の症状がおさまったとか、園児がカゼをひかなくなったとか...。
子どもやお年寄り、心身が弱っている人ほど五感が鋭く、シラス壁特有の機能が体感でわかるようです。


20年以上使い続ける理由

これだけいろんな材料があるなかで、シラス壁を使い続ける理由は?

伊礼

やっぱりいい素材だって思っているんです。100%自然素材というのが一番大きな理由でしょうか。
それから質感。独立前にお世話になった建築家の丸谷博男さんは「質感が良くないとダメだ」と口癖のように言っていましたが、僕もまさにそう思うんです。予算がない場合は水性ペイントを選んだりもしますが、それでもm2当たり2000円。家1棟で考えると、プラス十数万円でこの質感と健康が得られるなら断然シラス壁がいい、となります。

さらに言うと、発売直後から使い続けている相羽建設の功績も大きいと思います。僕は相羽さんと、設計や施工のいろんな標準化に取り組んできましたが、あそこは色も標準化しているんですね。そうすると、前の現場で余ったシラス壁を次の現場でも使えるからムダが出ず、他よりも安く安定的に左官の壁を提案できる。とても賢いやり方だと思います。


自分の設計に合っている

新留

そういえば昨年は、工務店さんからの要望に応えて『薩摩中霧島壁』のカラーバリエーションにいわゆる「伊礼色」を復活させました。
一番濃い、聚楽壁のような雰囲気の色ですね。

伊礼

ええ、伝統的な和の空間に近い色です。白華が目立つので、リスクも一番大きい。だから安易に真似すると痛い目にあいます(笑)
「伊礼色」などと言われるのは気恥かしいのですが、それだけシラス壁が自分の設計にはなくてはならないもの、作風のひとつになっている
のはとてもありがたいことです。いまはみんな、性能や省エネのために計算しながら窓の大きさを決めますが、それだとあかる過ぎるんです。日射取得の塩梅はよくても、気持ちいい空間とはまた違う。だから、開口部を絞って感覚的な心地よさを重視する僕の設計とシラス壁はとても合っているんでしょうね。


エアコン使用を3割減らす「蓄熱するシラス壁」を開発

20年間、改善と進化を続けてこられたんですね。

新留

ええ、シラス壁はかなりの進化を遂げています。最近だと、エアコンの電気使用量を33%減らすシラス壁を開発し、量産体制に入るところです。簡単に言うと、壁や天井に蓄熱機能を持たせ、たとえば室内が25度を超えると壁や天井で熱を奪って空気を冷やす—そんなはたらきをしてくれます。

伊礼

じつは同じようなことができないかなと考えていたときに、高千穂シラスさんがすでにそういう商品を開発していると聞いて驚きました。

6月にオープンする茨城県つくば市のあるモデルハウスの1室で試し塗りをさせてもらったので、効果が楽しみです。

新留

断熱じゃなく、蓄熱というところがポイントで、この発想にも奥村昭雄さんの教えが潜んでいます。それから、病院や学校、飲食店など非住宅分野への挑戦も始めていますし、農業・芸術分野にも活動を広げています。米栽培や豚の飼育にシラスを活用したり、100%自然素材にこだわったシラス絵の具を東京芸大と協力してつくったり

...。さらには、ナノ分野で特許を2つ取りました。1つは、ボーイング787の窓で使われているような、透光量を調節する技術。もう1つはレンズを曇らせない技術で、内視鏡カメラでの応用が非常に注目されています。


だれかがどこかで

伊礼

僕が知る限り、建築家と工務店が協働する家づくりを日本で最初に打ち出したのは新留社長なんです。シラス壁もそうですが、発想は軽やかなのに、そこには必ず信念が込もっていて実現するまで絶対にあきらめず、いくつになっても挑戦する姿は僕の憧れでもあります。

新留

ありがとうございます。私はね「だれかがどこかで」という言葉が大好きなんです。いいものはまわりが気付いて探して出してくれる。

シラスも、これだけのポテンシャルをもった物質はどこにもないから、私たちが気づいて、引っ張り出してあげなきゃかわいそうだと思うんです。

どこまでもパッシブで、受け身なのもシラスの良さだから、私たちが「どうか使って下さい」って大声をあげなくても、みんなが「シラス壁を生
かしてみたい」と言ってくる瞬間が必ず来ると期待しています。それまでは、「知る人ぞ知る左官材」でいいと思っているし、このすれてない感じもシラス壁らしくていいでしょう?

伊礼

100%自然素材だから、それが似合いますね。おそらく僕はこの先もずっと、あたり前のようにシラス壁と付き合っていくと思います。