株式会社 大塚工務店 様 オフィシャルHP

〒673-0885 兵庫県明石市桜町2-22 大塚ビル2F
TEL:078-911-8537 FAX:078-911-8588
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新しい当たり前に踊らされない木の家つくり、一言で言えば、ちゃんとした木の家をつくりたいと考えています。実践するには、すべからず、素材と向き合い、職人と対話することが大切です。


まずは瓦のことを伝えたいと思いました。大塚工務店のある明石は、かつて瓦の名産地でした。それもほんのすこし前まで。明石瓦は、酸化鉄を多く含んでいて、焼くだけで赤くなるんです。そして、長持ちします。また、魅力的な色ムラを持ちます。しかし、神戸の地震の後、重い瓦は風評被害を受け、わるもんにされ、明石では既に窯業がついえてしまいました。


そこで此度は、対岸の元気な瓦産業が残る島、淡路の窯元にお願いをして、往時を彷彿とさせる赤い窯変瓦を焼いてもらいました。淡路特有の艶消しの平板瓦の復刻です。

土間、薪ストーヴ、囲炉裏、愉しい設えと、様々な居場所つくり。
五感をくすぐる、5つのステージを持つ葺き下ろしの家。

赤い瓦が里山の緑に映える、登り窯のような佇まいの家。その下でおおらかで穏やかな営みが育まれることを願った、大きな屋根を伏せた平屋+αの住まいです。


佇まいは平屋のようですが、実は2階建てです。

大屋根を伏せた下には、2階として、広くて景色のよい屋根裏部屋を充てがっています。縦に風と光が通り抜けるように、開く窓を設えた吹抜は、風洞とか光井戸と呼ばれ、設えの要となる大切な余白です。四季を通して、外の環境と室内が交わる場所となります。見上げれば、優しい杉の木の架構と共に天窓が見えます。

この下に炉を切り、囲炉裏を据えたなら、この屋根に開けた孔は、煙を逃してくれます。もちろん淀んだ空気や夏の熱気も。そして長い冬は、貴重な太陽の熱を2階の窓の分も下まで送り届けてくれます。南の吹抜はまさに、穏やかな暮らしに必要な、豊かな自然を外から中に呼び込む仕掛けです。京町家の土間には飯を炊くおくどさんがあり、その上の吹抜を火袋と呼び、毎日のくらしに、人の営みに欠かせない抜けとして重宝されました。そんな吹抜に突き通した梁には、囲炉裏と合わせて鉄鍋を吊るすこともできます。ブランコも吊るせますが 笑
大黒柱を中心に、田の字型に交わる(誇るべき日本の)古い民家の間取りがあります。


1階は、これを下敷きに、建具という間仕切りを取り去り、ひとつらなりの間としました。そして棚田のように、あえて段差を設けた床を重ねて、主の居場所を多様にしています。
仕切りがないのになんか落ち着く。そうあるために、随所に造り付けの設えを施すことで、各々の目線が絶えず交錯することを避けています。用途に拠って張り分けた床材は、身体がその場所に馴染むのに一役かってくれるはずです。
一段下がった水廻りから茶の間に上がって寛いだ後は、食堂、台所、居間、そして土間になった書斎へと螺旋状にくだり、背後に里山が控える庭に至ります。庭先の水盤には里山から鳥やトンボが跳んできます。さわらの板を張ったお風呂から木のいい香りがします。
話を屋根の下に戻すと、日本人の優れた触覚を足の裏から感じる仕掛けを施ました。堅くなくて冷たくない大谷石、天然イグサ表の畳、浮造りの分厚い杉板、里山自生のコナラの板はあえて堅く、麻とウールの編込み絨毯は柔らかく、薪ストーヴを称える土間には赤い敷瓦を縁側まで張り伸ばします。


2階も狭くはありません。最大3部屋取れるフリースペースとしています。遮るものなく里山が望めて、屋根を写し取ったような勾配天井が少年少女心をくすぐる屋根裏部屋のような階上です。書斎やセカンドリビングとしてはもちろん、子供室や勉強部屋、個室としても利用可能です。住まい手が暮らしの変化に合わせて、間仕切りを施し、気配の感じ方も自由に調整できます。


暮らしから火を排した現代、子供たちはそのよしあしを知り得ません。光熱費を抑えるために、価格帯を抑えた夜間電力を享受できるオール電化でありながら、それらを愉しめる原風景を設えました。造り付けの食卓に埋め込んだ遠赤外線効果で調理するスーパーラジエントヒーターは土鍋でご飯も炊けます。室内に開いた暖炉と違い、密閉された燃焼器具である薪ストーヴは焚き付けも維持管理も難しくありません。

私は四代目なのですが、大切に住み繋いで頂いた祖父の代の住まいは、今の価値観とは少し違った魅力があります。全部が職人の手仕事で、既製品と呼ばれるような部品は少なく、そのほとんどが大工による丹精込めた設えでした。その製作は工場ではなく、現場と作業場で成されました。

古民家再生の定石がよい例です。近現代の増築部分を減築し、ハリボテの内装リフォームを剥がし、元に戻す。それだけで、風が通り、日が差し込み、素材の力が息を吹き返したように住まい手を包み込んでくれる。ええもんに添加物を極力加えず仕立てた大工の仕事は、今に生きています。現代の暮らしに足りないのは断熱と気密、付け足すのは難しくありません。家を新しく建てる時も、同じだと思います。

団塊の世代の棟梁は、いわゆるたたき上げの最後の年代と言われています。
墨付け、手刻み、段取り、どれを取っても一流です。基本や当たり前が分かっているから、型を崩すこともできるんですよね。経験の浅い職方は、悪く言えば、設計者の言いなりです。これは、設計施工が同一である工務店の危うさにつながります。職人が工事しやすい方に流れる可能性がありますからね。風通しのいい大工のチームワークがあれば、設計者と相まって事の良し悪しをしっかり精査することができます。大工までも外注にして手放すメーカーが多い中で、大工をしっかりと手元に抱えて、現場の要に据えることが、建築屋の使命だと考えます。


建築という行為は多くの職方の手の集大成です。建具職も左官職も、パートナーである各職方もお陰様で、跡継ぎが居てくれています。先代、先輩から伝統と型を引継ぎ、失いかけた技術も取り戻さないといけません。

流し台は大工がつくるものでした。かっての炊事場(おくどさん)は左官職の腕の見せ所でした。職人に活躍の場を提供し、住まい手がそれを愛でる。そんな関係性、物語を演出していきたいと考えています。

現代求められる性能は、国の定める指標を読み解き、自社の木の家らしく編集し、当たり前に担保する。暮らしの設えは(なにも江戸時代に戻るのではなくて)古来の知恵を忘れず、往時の担い手がいる間に、少し前のあたりまえを真摯に受け止め、傾聴し、目を養い、手を動かすことで、現代の民家の在り方を提案しています。

求めれば、内に居ながらにして外を感じることのできる設えが、わたしたちのつくる木の家には備わっています。


軒のないガラス張りは、自然の力をはね返してしまいます。はね返された自然は、お隣やお向かいでいたずらをしかねません。太陽や風を、時に受け入れ、時に受け流し、寄り添う暮らし。めざすべきは、そういうことではないかと

【木の家の住まい手は、住み暮らしながら、四季を愉しむために施された設えを、自らに馴染ませていく。現しの無垢の木の架構、板やら土やら紙やら、素材がそれに応える。洗濯するごとに体に馴染む衣服のように、家が体に馴染んでくる。家が好きになる。子供たちも、お父さんお母さんと一緒に、家が好きになる。季節を肌で感じながら、心地よい方向へ、ありのままに使いこなしていく】

私たちがイメージする住まい手像です。